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お土産

▼会長の句会の手伝いをしていたら、お年寄りと話す機会が増えた。句会のメンバーから「意識が高いとか低いとかいうけど、ああいういいかたは十年前はなかった」といわれる。たしかにそうかもしれない。そんでお年寄りは、意識が高い低いより、あるかないかである。意識ない系になると死ぬ。高い低いいっているうちはまだ大丈夫。どうかお元気で。

 

 

 

▼人に物を上げることは難しい。歳をとればとるほど難しくなる。上げる人との経済的な差というのもある。相手がお金持ちだったりすると、もっといい物を持っているのではということで気が引ける。家に飾る物だと、趣味が合わなかったらなどと思ってしまう。迷った結果、相手の迷惑にならぬよう無難な消え物を差し上げることが増えた。

 

その点、友人Nは偉い。湖に行ってきたとかで、10センチぐらいの貝の飾り物を土産に買ってきた。〇〇湖と貝の表面に彫られている。どうするんだ、これは。失礼な話、10人中9人は「これいらない」というのではないか。そういったものを堂々と持ってくるハートの強さに憧れる。しかしですよ、ここで無難なお菓子などをもらっても1年後には忘れてしまうだろう。変なものであれば「あれはひどかったなあ」と、のちのちまで笑うこともできる。

 

映画が好きでよく観ますが、憶えている映画というのは自分にとって良かったか悪かったかのどちらかしかない。普通にまとまっているものほど記憶に残らない。あまりにもひどいと「こ、これはとんでもないものを観てしまった!」と興奮できる。無難が一番よろしくないのではないか。ということは、今後はお土産に都道府県の形のキーホルダーとか、観光地のペナントとか、提灯とか、もらって迷惑な物をどんどん上げていこうと思います。

 

人間として正しい方向に行っているか、今一つ自信がない。

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author:しゅん, category:日常, 18:29
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寒波

▼寒波来たる。寒し。カレーうどんを作った。カレーのよいところは、誰が作ってもそれなりに美味しいところである。ひどくまずいカレーというのは記憶にない。そこにカレーの料理としての完成度、さらにいえば徳の高さがある。わたしも生まれ変わったらカレーになりたい。まろやかでコクのあるビーフカレーになりたい。

 

おじいちゃん、もうそういうのいいから。そんなこんなで一月半ば。

 

 

 

▼女子大生バイト後輩ちゃんから欠勤のメール。後輩ちゃんに手伝ってもらう仕事があったが仕方ない。食中毒らしい。「前日から準備万全で楽しみにしてたのにすみません」という内容だった。添付された画像ファイルには、かばんに詰められたポッキー、チョコパイ、キノコの山、コアラのマーチ、メルティーキッスなどが映っていた。仕事と遠足を間違えている人がいる。それと、チョコばっかだな。どうぞお大事に。

 

 

 

▼叔母の家の片付け終了。一人暮らしということでなめていたが、とにかくたくさん物があった。いろんな伝手で配ったがそれでも引き取り手のない物がある。キツネの襟巻も親戚はみんないらないそうで、余ってしまった。キツネの顔がついているので、今の時代からすると残酷でちょっと使いにくいということなのかな。ふわっふわなのに。

 

いろいろ暖かい物はあるわけで、あえてキツネを獲って襟巻にする理由がない気はする。だが、みんなこの襟巻を使わないとなると廃棄することになり、それはそれでもったいない。勝手に殺しておきながらキツネに申し訳ない。なのでわたしがもらうことにした。女物だし、外にしていくのは人目が気になるが家の中でしたら暖かいかもしれん。

 

荷物に入れる場所もなく、仕方がないので襟巻を着けて帰った。毛皮を身につけてわかったが、あれはあれのよさがある。尻尾のあたりを触っていると生き物のぬくもりというか、落ち着くところがある。しかし、電車の中の人目が気になる。よっぽどの毛皮好きに見えているのか。女物を着けているということもある。人生には、自分の考えとはまったく関係のないかっこうをしてしまうことがあるのだなと感心した。人を見かけで判断してはいけないとはこのことか。

 

街中で、ミニスカートのおっさんを見たり、ロングコートの下が全裸というおっさんを見たことあるが、あれも思想信条とは関係なく、なにかやむにやまれぬ理由であのかっこうをしている可能性がある。温かい目で見守っていきたい。大寒も過ぎたことだし春が待ち遠しい。

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author:しゅん, category:日常, 23:59
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ジャムおじさん

▼先日、家具の搬入を手伝ったお礼で甘夏のようなものをもらった。果物について詳しくないので、これが何かはわからない。隣席のTさんに「マーマレードの果物をもらった」といったら変な顔をしていた。知らんのか、マーマレード。まったくもう最近の若者は。などと思い、マーマレードを検索してみたら、マーマレードとは柑橘類を加工した食品(ジャムなど)のことだった。わたしはオレンジとかミカンとか、そういう並びでマーマレードの実があるのだと勘違いしていた。Tさんには堂々と「マーマレードをジャムにする」と宣言していた。ジャムをジャムにしてどうするんだ。バカというやつはすぐに宣言するから駄目だ。

 

ちょっと前に手作りのユズのジャムを頂いて、これがとても美味しかった。いい機会だからジャム作りに挑戦したい。ジャムおじさんである。ジャムおじさんといいたくてジャムを作る。そういう動機でもいいではないか。

 

レシピはこちらのものを使いました。手間がかかるが手順は簡単。甘夏の皮を細く刻み、圧力鍋にかける。圧力が抜けたら30分ほど皮を水にさらす。その間に果肉と薄皮を剥がして種を取り除く。皮と果肉を合計した重さの65%の砂糖を入れて混ぜ、そのあと焦げないように火にかけて水分が抜けるまで煮詰める。しかし、砂糖の量がちょっと引くほど多いんだよなあ。市販のジャムもものすごい量が入っているのでしょう。冷めたら瓶などに移す。

 

皮を切る作業と、果肉を出す作業がかなり面倒なのだ。皮はミキサーなどで細かくできるのだろうか。量産するには手作業はつらいところ。最終工程では皮と果肉が焦げないよう、ひたすら鍋をかき混ぜ続ける。40分ぐらい混ぜただろうか。このとき「ヒーッヒッヒ!」と笑いながらやると、魔女っぽくてたいへんいいと思います。そばに黒猫などいたらもう最高である。

 

出来上がったジャムは市販のものよりも苦味があって、その苦味とまろやかな甘味がとてもいい。皮の触感もちょうどいい具合。今までは何も考えずにジャムをパンに塗りたくって食べてましたが、自分で作ると大事に大事に使いますね。やはりどんなものも消費するだけでは駄目で、作る側にまわることで本当の価値がわかるように思う。作る人というのは、使う人の何十倍も考えて作っている。

 

またしばらくしたらジャムおじさんになりたい。ちょっと珍しいジャムを作りたい。甘夏のジャムはヨーグルトに入れてみても美味しいし、お湯に溶かして飲んでもいいそうです。

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author:しゅん, category:日常, 23:16
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大家

▼疲れが溜まった。久しぶりの肉体労働で全身が痛い。文章を読んでいるとき、疲れから「肩、上腕部」と書いてあるのを「屑、上層部」と読んでしまった。これ、疲れというか、精神的にいっちゃってるのでは。

 

そんなこんなでまたしても叔母の家の片付けに行ってきた。終わらないなあ。今回は冷蔵庫や洋服ダンス、食器棚など不用な家具を粗大ゴミに出したり、もらってくれる人の家に運んだ。エレベーターのないアパートへの搬入が地獄であった。みんな一階に住んでほしい。

 

普段、マウスより重い物を持ったことがないんだ、わたしは。たまに体を使うと、いつもいかに口先だけで生きているかがわかっていいですね。偉そうなことをいっている奴が、シンプルな肉体労働になるとまるでポンコツ役立たずというのは、ちょっとざまあみろという感じがしませんか。はっはっは! いい気味だなオイ! って、もう疲れすぎて頭がおかしくなっている。自分のことなのに。

 

アパートの大家のおばちゃんが親切な人だった。こっちが苦労しているのを見ると、お餅焼いてあげるからとコシヒカリでできたお餅を焼いてくれたり。田舎ならではの良さでしょうか。大家さんの家が築百年を超える木造の古民家で、本当に落ち着く家だった。樹齢三百年を超える木から作った立派なテーブルがあったり、江戸時代から伝わる茶箪笥があったり、家を見せてもらうだけでも面白かった。

 

いろいろ話をして気づけば2時間を超えていた。おばあちゃんの家に遊びに来たような。帰りは、田舎から送ってきた蕎麦、漬物、果物をお土産に頂いた。新潟の十日町が田舎だそうで「十日町雪祭り」という券ももらった。イベントの場所が大家さんの土地で、土地を貸しているからただでチケットがもらえるそうなのだ。なんだ、大金持ちか。そうかどおりで。家全体が重要文化財のようだし、おばちゃんは普段着なのになぜか真珠のネックレスをしているしで、どこか普通ではない感じだったけど。

 

ということで、もし行きたい方がおりましたら招待券を差し上げます。わたしも行きたいけど少し遠いので。花火も上がって華やかですね。

 

 

十日町雪上カーニバルご招待券2名様

 

【期日】

2017年2月18日(土)

開場 午後4時〜

開演 午後5時〜6時30分

 

 

【場所】

城ケ丘ピュアランド(新潟県)

 

 

雪上カーニバル(公式サイト

 

 

メールの件名に「十日町雪上カーニバル招待券希望」と書いてtamadiary01@gmail.comまでお送りください。当選した方のみ折り返しご連絡差し上げます。

 

※応募がありましたので締め切りました。(2014年1月24日追記)

 

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author:しゅん, category:日常, 12:34
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甘酒

▼甘酒を作っている。甘酒というのは乾燥麹と米(米を入れない作り方もあります)を混ぜ合わせ、60度で8時間ぐらい加熱するとできる。ヨーグルトメーカーを利用して作るのが主流のようです。

最近はいろいろ親戚の集まりが多く、叔父の家でご飯を食べることがある。そのときに叔父が出してきたのが自家製の甘酒だった。話を聞いたらけっこう簡単にできるんですね。朝は、甘酒にバナナやリンゴを入れてミキサーにかけスムージーにしたものを飲むらしい。スムージーて。なんでゴリゴリのおっさんがCanCamのモデルのような食事をとっているのか謎である。どうなりたいんだ。

 

叔父はスムージーという顔面じゃない。甘酒作るより密造酒作りが似合いそう。甘酒は健康にいいらしく、目の下のクマが消え、肌のキメが細かくなって髪にも艶が出るらしい。さらに朝も早く起きられるという。いいことづくめではないか。だが、目の前の叔父は依然として山男のようだし、読者モデルになれそうもない。何か変わったのだろうか。本人は満足しているようなのでいいのかもしれない。

 

なんだか面白そうなのでアイリスオーヤマのヨーグルトメーカーを買って、わたしも甘酒を作ってみた。容器が小さいので、材料をボールで混ぜ合わせると作りやすいです。最初は段取りが悪いので手間がかかる。容器の中で麹や米を混ぜ合わせる段階でボロボロと周囲にこぼしてしまう。もう消毒もなにもない。とりあえずいいことにして先へ進む。8時間加熱し無事完成。

 

できた甘酒を飲んでみたが砂糖を全く入れないのにかなり甘いんですね。子供は好きな味かもしれません。一日に大さじ四杯ぐらい摂ると健康に良いらしいので、しばらく続けてみようと思います。きれいになって読者モデルとしてデビューする日を夢見ている。密造酒を作って逮捕されないよう気をつけたい。

 

 

 

▼どれほど良いことに見えても、「〜のために」行うことは、卑しく貪欲なことだ。誰々のためにであろうとも、何々のためにであろうとも、それが失敗したと思えるときには相手、もしくは事情や何かのせいにする心が生まれるし、うまくいったと思えるときには自分の手柄だと慢心が生まれるからだ。つまり、本当は自分のためにだけ行っているのだ。けれど、純粋に能動的な愛から行われるときには、「〜のために」という言葉も考えも出てくることはない。「ツァラトゥストラはかく語りき」(ニーチェ)

 

急にね、ニーチェなんですけども。川でおぼれた子供を助けるとき、とっさに水に飛び込むようなものが真実「〜のために」ということであって、それ以外の「〜のために」は自分のためでしかないのか。この「考えないでやるとっさの状態」というのを常日頃から作ることは可能なのだろうか。「考えない」という状態を作ろうとすることがすでに考えることだから、それもまた邪念である。結局、考えないことが難しいとしたら、これはもう考えるしかないのであって、考えた結果「〜のために」と思ってしまったのであれば、それはそれで受け入れるしかないのかしら。などとねえ、グルグルとねえ。

 

あんまり「〜のために」といわない方がいいのだろう。小学校の頃、「俺はお前たちのために怒ってるんだ!」という先生がいた。この人は生徒に人気がなかった。たしかに子供のために怒っている面はあるにしろ、半分ぐらいは自分が頭にきたからではないか。子供は言葉にはできなくても欺瞞には敏感だ。無意識に先生の心を見抜いていただろう。先生は先生で自分の言葉にいくらかの嘘が含まれていることや、子供に見抜かれている居心地の悪さを感じていたのではないか。子供も先生もお互い意識はできてないものの、心の底ではわかっていたように思えるのだ。それが先生をより暴力的にしていたように思う。

 

「うるさくて頭にきたから怒っている。今から2,3人殴る」といったっていいのだ。もっとも正直にそんなことをいわれたら、この人、ちょっと危ないかもと思うだろう。実際危ないやつだった。わたしが喋っているわけでもないのに殴られることがあった。恐ろし。

 

脱線して、途中から全然関係ない話になってしまった。

 

さておき「〜のために」などといいだしたら要注意である。わたしも気をつけたい。みなさんのためを思ってこれを書きました。

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author:しゅん, category:日常, 01:24
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能力

▼今頃、ファイナルファンタジー13をやる。Steamで購入したものの、ずっとほったらかしていた。積みゲーというのでしょうか、買ったままでほとんど手つかずのゲームがけっこうあるなあ。小学校のときのわたしが知ったら怒り狂うのではないか。子供の頃はゲームを買ってもらった翌日は、学校をずる休みしてゲームに没頭したものだった。それなのにねえ。なんたる不甲斐なさ。ようやっと正常になったともいえる。

 

ちなみに親も、ただわたしのずる休みを許していたのではなく、きちんと熱は測らされた。わたしには体温を37度5分ぐらいまで上げられるという微妙な特技がある。特にコツなどはなく、体温計を脇に挟んで必死で上がれ上がれと念ずる(息を止めるかんじ)とだいたい37度5分までいく。小学校低学年の頃はこの技によって風邪を引いたフリをして休んでいた。

 

神は人にいろいろな才能を与える。一を聞いて十を知るような頭脳、卓越した運動能力、息を呑むような美貌、そして微妙に体温を上げる能力。神様、最後のやつだけ能力低すぎませんか。いらないと思う。わたしも他のやつがよかった。神のポンコツぶりったらないよ。で、この体温を微妙に上げる能力も小学校高学年になると使わなくなる。授業で摩擦を学習し、それを応用すればいいことに気づいた。

 

体温計の先端を人差し指で押さえつけ、カーペットにすばやく擦りつけることで自由に好きな温度を作り出せるようになった。やはり勉強はとても大事だと、子供心に強く思ったのだ。もっとも学校が特に嫌いだったわけではないので普段はきちんと登校し、必要なときだけ休んでいた。必要て。ゲーム買ってもらったときだけだろ。

 

ロクな子供ではない。そりゃ神様もこんなやつにはたいした能力を上げるわけがない。悪用する。

 

 

そんなこんなでFF13をプレイ。ビジュアル、音楽、メニュー画面などはよいのだけどシナリオが今一つ二つ。キャラの感情が極端で不自然なのかな。マップを自由に探索できず、ほぼ直線というのもつらい。戦闘はボタンを適当に押しているだけで終わってしまう。わざわざ苦労したくてゲームをやっているのに、簡単親切単純というのもそれはそれでつらいもの。もうやらないかもしれない。

 

神で思い出したが、こういうすてきなグッズがあったのを思い出した。

モーセの奇跡ポーチ」というんですね。「エジプト軍が来るぞ〜」って海を割ったり閉じたりして遊べます。楽しげ。

 

 

 

▼私信

拍手欄で教えていただいた「THE GALLOPING GOURMET 世界の料理ショー」観ました。ありがとうございます。吹き替えが絶妙で、グラハム・カーの調子のよさが聞いていて心地いいですねえ。なにか落語を思わせるような。料理の前の枕の部分が毎回楽しみで、ちょっとはまってしまいそうです。

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author:しゅん, category:日常, 23:50
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西東京市

▼正月は叔母の家の片付けに行った。叔母は西武線沿線に住んでいた。西武線の駅名を見ていると方角や新がついたものがずいぶん多い。どこもそんなものかな。西所沢、新所沢、新桜台、東長崎、南大塚などなど。所沢があるから新所沢や西所沢があるのだろうけど「新」や「西」という地名はなんだか独自性がないようでさびしい。所沢の存在があってはじめて自分たちが存在するような、などといえばその地域に住んでいる人は嫌な気分になるかもしれないけど。

 

とはいえ、「東京」という名前の由来も京都の東という意味である。東の京=都という説と、京都の東に位置するから東京という二通りの説がある。いづれにしろ京都を中心としている。現在では東京という言葉を聞いたとき、いちいち京都の東を想起する人は少ないだろう。だから独自性うんぬんも、関係ないのかもしれない。

 

前置きが長くなったが以前から気になっていたのが「西東京市」の存在である。2001年に田無市(たなしし)と保谷市(ほうやし)が合併して西東京市ができた。あの「西東京市」というのがよくわからない。西東京というからには東京から西にいったところにあるのが西東京市だと思うのだけど、西東京市は東京都の内部に位置している。本当は東京西部なのだ。

 

そうなると西東京市というのがいよいよ奇妙に思えてくる。京都の東だから東京と呼んだのに、東京の西となると結局は京都を指してしまうのではないか。行って戻って意味がない。裏の裏が表みたいな。おまえ、なにいってんのといわれるかもしれませんが。なぜ西東京市と付けてしまったのだろう。田無保谷市、保谷田無市、田保市、保田市などにしてもよかったのかもしれないが、そうなると「どちらが上にくる」ということで争うのが常である。人は醜い。争いを避けるため知恵を絞った末にようやく生み出されたのが西東京市なのだろうか。だいぶねじれている。

 

友人A子は西東京市に住んでいる。「あれですか、西東京市に住んでいるとやっぱり人間性がねじ曲がったりしますか?」と訊けば、返事もなくボディにパンチを打ち込んでくる。西東京市の人間にはそういうところがある。2017年も西東京市民を差別していこうと思います。

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author:しゅん, category:日常, 18:11
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食べて寝て 寝て寝て食べて 寝て食べて

▼五七五にするのも申し訳ないぐらい自堕落な正月。唐揚げをひたすら揚げた年末だった。2キロ太る。微増。

 

年末、テレビ局はみな特番を流す中、ヒストリーチャンネルは「古代の宇宙人」という怪しげなシリーズを流していた。今やらなくてもいいだろう、それという。マイペースである。古代の宇宙人を見ながら年越し。生まれ変わったらヒストリーチャンネルになりたい。

 

 

 

▼友人と会った。ついに家を買ったという。30年ローンだという。また一人懲役30年の囚人が誕生。「最近なんか買った?」と訊かれたが、わたしが買ったのはせいぜい風呂のフタぐらいである。今まで蛇腹のフタを使っていたが、あれはでこぼこしていてカビがつきやすい。その点、今回買ったものは板状の物なので掃除がしやすくカビがつきにくい。一か月ほど使っているがまったくカビていない。自信を持って薦めたい。しかし、「家を買った」という奴の次に「風呂のフタを買った」とはさすがに話しづらい。わたしも家を買いたいなあ。いや、実のところ家はどうでもいいが懲役30年のローンでヒイヒイいってみたい。ローンが欲しい。眉間にしわを寄せ「いやあ、ローンの支払いが苦しくてねえ」に憧れる。あれこそ正しい大人ではないか。

 

 

 

▼のせ猫×みかんピラミッド

おとなしくみかんを積まれているのがすごい。横切る猫のふてぶてしさもいい。

 

 

 

▼選択バイアス

まったく逆のことをやっていることがよくある。案外、気づかないものなんでしょうね。

 

 

 

▼小金井市の千手院が除夜の鐘を自粛したというニュースを観る。千手院は住宅街の真ん中にあるのでたしかに騒音はあるのかもしれない。しかし、年一回なんだからいいのではとも思う。なんにでも文句をいう人はいる。だが、それだけではないような気もするのだ。

 

年末に叔母が亡くなって葬儀を終えた。火葬場ではわたしたちの他に何組か遺族がいたが、少人数の遺族が多かった。もう家族葬のほうが一般的に思える。葬儀の形や意味も変わってきた。商売をやっていた先代が亡くなり、代替わりした後継ぎのお披露目という意味はなくなってしまった。だいたいの人は会社勤めなわけで、お披露目の必要もない。地域の人間と関わらなくても生きていける。そうなれば自然と家族葬が増えるのだろう。費用も安く済む。叔父に聞いたところ今回は「火葬もコミコミで25万ぐらいだった」という。コミコミっていうのはどうなんだ。携帯の料金プランじゃないんだから。

 

それと市営などの公立墓地が増えたのも関係しているように思える。従来のように寺と檀家という結びつきが減っている。必ずしも寺に埋葬してもらうこともない。檀家であれば寺への遠慮もあるだろう。だが、家族葬でお経をあげてもらう必要もなければお坊さんに世話になることもない。クレームも入れやすくなるだろう。

 

そして、最後の要素として「なんにだって文句をいいたい人」の増加があるのではないか。この3つの要素が混ざって寺へのクレームが増えているように思う。でも、クレームを入れるということは、クレーム対象との関係が悪化してもなんら問題ないと思っているわけである。保育園へのクレームもそうだけど、地域社会なんてどうでもいいという人が増えているということかな。それはそれで少し怖い気もするのだ。

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author:しゅん, category:日常, 03:10
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