- スポンサーサイト
- 映画「チェイサー」
-
2013.10.28 Mondayチェイサー
추격자 / 2008年 / 韓国 / 監督:ナ・ホンジン / サスペンス
娯楽作品の境。
【あらすじ】
デリヘルの元締めが連続殺人犯を捕まえます。デリヘルが何かわからない人は、お父さんかお母さんに聞いて、気まずい感じになろう!
【感想】
実にグイグイと引き込まれるサスペンスでした。
元刑事でデリバリーヘルスを経営するジュンホ(キム・ユンソク)。悪そうに見えて、けっこう悪いんだけど、本当のところはそんなに悪くないという人である。そりゃ、デリヘルを経営しているぐらいだから、やはり普通の人とはちょっと違います。基本的に力で解決するタイプ。部活の先輩とかには絶対なってほしくない。吉田さんという先輩に似ていた。あの人、苦手だったんだよ。吉田さんの話はどうでもいいですか。
吉田さん似のジュンホですが、店の女の子が立て続けに失踪したので彼女たちの行方を捜すことに。調べているうちに、女の子たちは逃げ出したのではなく、怪しい奴に売り飛ばされたのではないかと睨む。
その怪しいやつがヨンミン(ハ・ジョンウ)。実はデリヘル嬢を売り飛ばしていたのではなく、家に呼んできては殺していた連続殺人犯。にこやかな優男という柔和な印象。警察で、たいした証拠も揃ってないのにあっさりと殺人を認めたり、何を考えているかわからない。そこに怖さを感じた。
ジュンホに雇われているデリヘル嬢のミジン(ソ・ヨンヒ)。一児の母役なのだけど、少しきれいすぎる気もする。このレベルのデリヘル嬢はいないんじゃないでしょうか。よく知らんけど。ほんとに知らんけど。
ミジンは店から連絡を受けてヨンミンの家に行くが、監禁されて殺されかける。韓国映画は暴力シーンの激しさに定評がありますが、その残酷さに目を背けたくなった。縛った人間の頭をノミと木槌で割ろうとするんですね。こわー!
「アウトレイジ ビヨンド」も暴力や罵声が多い映画でしたが、あれは陽の暴力というのも変だけど、観ていてそんなに嫌な感じがしない。「チェイサー」の暴力は直視するのがつらい。髪が血でベッタリと塗れた様子とか、開いた傷口とか、生々しさが怖いのだろうか。
あと、警察の捜査がひどく雑である。犯人が自白しているのに釈放とか、さすがにそれはないだろうと思うのだが。脚本に粗を感じる、などと偉そうなことを書いている。
もう一つ気になるのがシリアスな映画にも関わらず、変なところで冗談が入っている。警察署で乱闘をやっている場面ですが、ものすごく重い雰囲気なのに、そこだけコントみたいに見える。韓国映画はシリアスなものでも唐突に冗談が入る。恐怖の他に笑いも感じてほしいというサービス精神なのかなあ。
この映画は韓国で起きたソウル20人連続殺人事件を元にしている。この事件は2003年9月から2004年7月に発生した。事件が起きてからたった4年で映画化されている。映画は2008年に大ヒットし、第45回韓国アカデミー賞主要6部門を受賞した。実際に起きた事件を元にした映画化というのは、どこまで許されるのだろう。
同時多発テロやイラク戦争も、多く映画化されている。遺族にしてみれば貿易センタービルに飛行機が突っ込む場面を見せられるのはつらいはずである。映画を観にいかなくても、テレビをつけているだけで目にすることもあるだろう。ただ、テロや戦争の場合、娯楽の要素が入ったとしても記録する意義があるように感じる。なぜテロが起きたかを考えることにも繋がる。
残酷な事件の場合、どうなのだろう。この映画は何かの教訓を学び取るというよりも完全な娯楽映画である。表現がときとして観る者を傷つけることはあるが、はたしてそれを娯楽のためにやっていいものなのだろうか。誰かを傷つけてまで娯楽にすべきものなのだろうか。事件の遺族は、この映画のことを聞くと嫌な気分になるかもしれない。
そんなことを考えはしたものの、映画は面白かったんですよね。面白いんだけど、やっていいのかどうなのか、よくわからない。倫理的には駄目で娯楽的には面白い。しかし、道徳的に良いとか、教科書に載るようなものばかり観ているとロクな人間にならない気もする。良いものも悪いものも、幅広く摂取してこそである。
じゃあ、結局どうすんの?ということになりますが、どうするんだろうねえ。わたし、もう観ちゃったしなあ。観てから考えるとかどうでしょうか。
JUGEMテーマ:映画
- 映画「あしたのパスタはアルデンテ」
-
2013.10.22 Tuesdayあしたのパスタはアルデンテ
Mine vaganti / 2010年 / イタリア / 監督:フェルザン・オズペテク / コメディ、ドラマ
「他人の望む人生なんて、つまらない」
【あらすじ】
主人公トンマーゾはローマに住む作家志望の青年。実家のパスタ工場を継がなければならないが、作家になる夢を親に告げられない。さらにゲイであることも言えずにいた。
【感想】
原題の「Mine vaganti」は「浮遊機雷」を意味し、転じて「何をするかわからない危険人物」のことを指す。
で、その邦題がなぜ「あしたのパスタはアルデンテ」になるのか。この邦題の付け方がねえ。「恋する」「パスタ」「幸せ」「占い」「セラピー」ここらへんを入れときゃ、仕事や恋愛に疲れた女が観るだろうという考えが透けて見える。
実際は、わたしのようなひねくれた人間が悪口を言うために観ます。おっさんが観ます。猫が胃の中にたまった毛玉を吐き出すために猫草を食べるけど、ああいう感じ。わざわざ吐きたくて、悪口を言いたくて観るんだよ!病気かしら。
以前から「漫画を実写にして駄作にした場合は死刑」というのを提唱してましたが、そこに「変な邦題を付けたら死刑」も加えたい。なんで変な題を付けちゃうのかなあ。ところがですね、予想に反してちゃんとした映画でした。
南イタリアの古都レッチェでパスタ工場を経営する一族。実家の人間は祖母(真ん中)以外は、ゲイなんてとても認められない。保守的な考えの人間も多い。田舎街ということで噂も広まるのが早い。父親は自分の家にゲイの人間がいることが許せない。こういうテーマを取り上げた作品は多いですが、コメディとの相性が良く、重くならずに観られます。
主人公トンマーゾ(リッカルド・スカマルチョ 写真右)と、共同経営者のアルバ(ニコール・グリマウド 写真中)の距離感が良かったですね。アルバはトンマーゾに仄かに想いを寄せていますが、トンマーゾがゲイだということに気づいてあきらめる。その説明には一切言葉は使われず、仕草や表情だけでアルバの気持ちがうまく表現されています。
祖母の葬儀での家族の和解場面も、やはり言葉はない。家族が静かに歩んでいく、それだけでお互いを許しあえたことが伝わる。落ち着いて、しみじみとした作品。おばあちゃんも良かったなあ。だから、なんであんな変な邦題を付けたか、それだけが問題である。
一応、わたしもこの手の変なタイトルを考えてみた。
「恋するふたりの幸せパスタ 〜魔法の愛されレシピ〜」
どうだと言いたいね、この空っぽ感。確実な猫草映画である。鑑賞後、一週間は文句を言い続けられる出来。ここまで詰め込むと逆に観たくなってきた。テレビ局映画で撮ってくれないかなあ。地雷映画ばかり作ってるんだし。一本ぐらい地雷が増えてもいいじゃないか!劇場で観ます!
JUGEMテーマ:映画
- 映画「ザ・レッジ −12時の死刑台−」
-
2013.10.20 Sundayザ・レッジ −12時の死刑台−
The Ledge / 2011年 / アメリカ / 監督:マシュー・チャップマン / ラブストーリー、サスペンス
自分が正しいと言い続けるならば。
【あらすじ】
飛び降りをしようとしている男が、不倫相手との恋を語り出します。のんびり語ってる場合でもない。
【感想】
ホテルで支配人を務めるギャビン(チャーリー・ハナム 下の写真左)の元に、美しい人妻シェーナ(リブ・タイラー 下の写真右)が部下としてやってくる。住まいが同じマンションだったこともあり、ギャビンは食事に招かれる。厳格なキリスト教原理主義者の夫ジョー(パトリック・ウィルソン)と、神を信じないギャビンは宗教について激しい議論を繰り広げる。
シェーナは夫に感謝をしつつも愛することができず、やがてギャビンと恋に落ちてしまう。
主題がよくわからない作品だった。原理主義はいけないよということだろうか。ギャビンのルームメイトはゲイである。ジョーは、キリスト教によればゲイは罪であるから悔い改めるように言う。ルームメイトを否定されたギャビンさんは、キレてしまう。ギャビン自身はゲイではない。原理主義者の押し付けというのは、観ていて嫌な感じがする。だが、ギャビンはギャビンで神を激しく否定する。
ギャビンは二年前に交通事故で娘を亡くしている。娘の死が神への信仰を捨てさせたのかもしれない。しかし、いくら神の存在の証拠がないとはいえ、信仰を持つ者をやたらに批難するのもどうかと思う。ギャビンの主張自体は間違ってはいないように見える。だが、自分の主張が正しくても、強硬に主張を押し付けることは正しいのだろうか。ギャビンのやっていることも無宗教の原理主義に見える。
自分が正しいと主張し続けるなら、相手も正しさを主張し続ける。歩み寄ることはないだろう。
こちらは夫のジョーさん。俺は信仰のためなら自殺できるぜー、余裕だぜーと自慢。キリスト教は自殺禁止なのだけど。意味不明。
で、このちょっと危ないジョーは、鋭い感によってギャビンと妻の浮気を突き止める。そこでギャビンに「おまえが12時までに飛び降りないと、妻を殺す!」と脅迫。盛り上がってまいりました!
ここからトップの写真に戻るんですけど。この映画、飛び降りようとするギャビンさんがシェーナとどうやって親しくなったとか、説得する刑事に語るわけである。でね、自分が12時までに飛び降りないと監禁されたシェーナが殺されるっていうのを、12時5分前まで言わないんですよ。そういう大事なことは最初に言って!のんびり、馴れ初めを語っている場合か。アホである。
案の定、時間が足りない。ここでギャビンさんがのんびりしていたのは脚本上の都合なのだろう。でも、ちょっとどうなんだと思う。犯人はすぐ捕まるところにいたし‥‥。
あと、シェーナを演じたリブ・タイラーが脱ぎます。監禁されているところでも、口にSMグッズのような物をはめられて、脱がされている。リブ・タイラーファンの方はいいのかもしれない。
結論としては「原理主義よくない。主義主張はともかく、家族は大切に」なのかなあ。それとギャビンさんが、映画が始まってすぐに「奥さん、監禁されてる」って刑事に言っていれば、この悲劇は起きなかったでしょう。2時間も馴れ初め語ってるからさあ!
JUGEMテーマ:映画
- 映画「アウトレイジ ビヨンド」
-
2013.10.19 Saturdayアウトレイジ ビヨンド
2012年 / 日本 / 監督:北野武 / 暴力、犯罪
怒鳴って爽快!スッキリ爽やか!
【あらすじ】
ヤクザの騙し合い、怒鳴り合い、殺し合い。
【感想】
前回の「アウトレイジ」は、たけしが考えた面白い殺し方ベスト10!という感じでしたが、続編の「アウトレイジ ビヨンド」は、濃いキャラの掛け合いや、騙し合いが面白い。
関東の暴力団 山王会の勢力が大きくなりすぎたため、マル暴の刑事片岡(小日向文世)は関西の花菱会をけしかけて抗争を起こそうとする。片岡は、同僚には「山王会を潰す方法をいつも考えてる」というのだけど、揉め事が起きるのが面白くてケンカをけしかけてるようにしか見えないんですね。刑事なのに困った人だよ。片岡の悪魔のような動き方が良かったですね。
今回は関西のヤクザが出てくるのですが、花菱会若頭の西野(西田敏行)と中田(塩見三省)が抜群にすばらしい。アウトレイジは、ふだんヤクザをやりそうにない人をキャスティングしていますが(白竜、中野英雄、菅田俊などは除く)、みんな本当にそれらしく見える。あと、緊張感のある場面でニヤニヤさせられてしまう。もう、顔がねえ、面白い。
特に中田の顔が悪すぎるよ。どうですか、この表情。町中で会ったら土下座するわ。とにかく西野と中田が大活躍だった。山王会会長(三浦友和)や山王会幹部(中尾彬)が話しているときに、この二人が映されることが多いけど、何も喋ってないのに顔だけで面白い。とにかくやたらにこの二人を映す。
怒鳴り合いや暴力描写が多いし過激なのだけど、不思議な爽快感がある。現実では暴力は恐怖感や不快感しか呼び起こさない。でも、この映画の暴力とか怒鳴り合いって、解放に近いものを感じさせる。人間は本当は暴力的な面を持っていると思いますが、その心に秘めた暴力性を観客に代わって解放してくれる爽快感がある。真面目に生活を送っているからこその抑圧を、モデルガンやサバイバルゲームで解放する心理に似ているかもしれない。それはヤクザ映画には共通のことなのだろうけど。
もう一つ、いいなと思わせるのは「全員悪人」と開き直っている潔さ。ヤクザというのは悪でしかないけど、ヤクザ映画というのはなぜか、いいヤクザが悪いヤクザをやっつけるという図式が多い。美化されすぎている。その部分について、変に言い訳してないのがいい。結局、クズ同士であると認めている。ただ、そのクズにもいろいろある。清々しいクズというのもある。
たけしは、今回は服役シーンから始まる。引退を考えていたけど、かつての弟分から頼まれたり、ボディガードの若い衆が殺されたことにより、山王会への復讐を決意する。この大友(ビートたけし)という人間が、たけしの美学に近いのかもしれない。自分ではもう身を引きたいのだけど、下から頼まれて仕方なくという。しょうがなく御輿に乗ってる感じというか。
公式サイトにはインタビューやメイキングの動画もあり楽しめました。ベネチア国際映画祭の記者会見での言葉も良かった。
Q. 震災で一年撮影が延期されましたが…
北野 武監督「震災で確かに映画の撮影は一年伸びた。震災後の一年間は、逆に自分は怒りを感じている部分があった。世の中、絆、愛、支えとか、表面的なものばっかりでイライラした。こういうときこそヤクザ映画を撮ってやろうとやる気が起きた」
たしかに「絆」とか「愛」とか簡単に口にする人間ほど信用できないものはない。こうやって面白いものを作ってくれるほうが、よっぽど支えになるし、やる気も出る。出るんだよ、コノヤロー!
ちょっと無理をしました。
JUGEMテーマ:映画
- 並ぶ
-
2013.10.16 Wednesday▼台風が来ている。温暖化の影響なのか、今年は大きい台風が多いような気がする。来年からもこうなのかしら。
明日は、わたしが仕事を請けている会社(A社)、その取引先(B社)、わたしで打ち合わせだった。わたしが打ち合わせの連絡を請け負った。電話でA社とB社のそれぞれに「いや、どうも先方がですね、明日は台風だから延期したいみたいな雰囲気でして‥‥」と電話をしたところ「先方がそうおっしゃるなら」ということで延期になった。わたしが、そうおっしゃったのになあ!
あなたにもできる完全犯罪、をお送りしました。
▼友人が伊勢神宮に行ってきたという。ちょっと前に式年遷宮という、社殿を造りかえる二十年に一度の大祭が行われた。ニュースにもなりました。なんだかわかったようなことを書いているが、伊勢神宮のサイトに書いてあったことをまとめて書いただけである。何もわかっていない。
友人は式年遷宮が行われたあと、できる限り早くお参りするために並んだそうである。何を言っているか、よくわからない。先月、iphone5sが発売された。iphoneに並ぶのはまだわかる。iphoneは売り切れる。神様は売り切れないと思うのだが。どうもその「最初に拝むとご利益が大きい」というのがわからない。
もしご利益が売り切れるなら、遷宮する前の状態は、スッカスカで拝んでもなんにも意味がなかったことになる。いや、これ、わたしが思ってるんじゃなく、その理屈で言うとですよ。ええ、わたしは日々、神様に向かって拝んでいる人間ですから叩かないでほしい。
しかし、並び好きの人はいる。本当はiphoneとか神様とかは並ぶための名目でしかなくて、同じ目的を持った人たちとの一体感が気持ちいいのではないか。東京オリンピックの開催が決まったときも、集まって喜んでいる人間がいた。あれも何が嬉しいかよくわからなかった。やはり共通の目的を持って騒いで嬉しいのだろうか。嬉しいのだろうなあ。
そういえば、代表選手も東京で開催されることを喜んでいた。あれはなぜだろう。観る側は、生で観れて嬉しいというので喜ぶのはわかる。わたしが選手なら絶対外国開催がいい。だって税金で海外に行けるわけだし。「東京開催!?最悪だわー」と言った選手がいなかったのが不思議。いたら応援するのに。内心思っているのに言わないだけなのかな。どこかにそんなことを大声で言う人がいれば、それはそれで面白い。
JUGEMテーマ:日記・一般
- 趣味の教室
-
2013.10.12 Saturday▼わたしの母は、趣味でエッセイなどの文章を書いている。市民サークルに入っており、三十年以上も継続しているから立派なものである。なによりすごいのが、三十年書いているのにとんでもなく文章が下手である。身内だから謙遜しているのでもなく、本当にね、ちょっと感心するぐらい下手という。なにせ「、」(読点)を打たないから読みづらい。読点を打たずに十行ぐらい続く文がある。読ませたら負けだという強い心意気を感じる。
そもそも、サークルに入った動機が「友達が欲しい」というものであったため、最初の頃はまったく文章を書かなかった。そして「文章を書くのが嫌い」という人だ。なぜよりによって文章サークルに?と思う。文章嫌いで文章サークルに入れる度胸がものすごい。どこか壊れているではないか。会のほうも、そんな人間をよく受け入れてくれたと思う。おかしい人間の集まりである。
だからキャリア三十年といっても一年に原稿用紙一枚ぐらいしか書かなかったらしい。大作家である。完成まで五十年ぐらいかかりそうな話。
で、サークルも高齢化し、平均年齢が七十歳ぐらいになってしまった。ここらで若い力が欲しいということで会員募集をすることに。若いといっても「六十歳」ぐらいが若いに入るらしい。頼まれてサークル活動の紹介サイトを作りました。一からサイトを作るのが面倒なので、レンタルブログを利用して三十分ほどでできた。
作ったはいいが管理者が誰もいない。会員は誰もパソコンを使わない。メールもよくわからないので、連絡先は電話とFAX番号がそのまま記載してある。代表者の住所も記載されている。個人情報とかうるさいことを言わないのがすてきだ。むしろ積極的に発信している。ドンドン、ネットの海に発信していくのだ。
サイトを会員のおばちゃんたちに確認してもらい、いろいろと質問された。もっとも困ったのが「インターネットってなに?」である。根本的すぎる。あまりに対象が大きいと答えに窮する。人生、仕事、家族、生きる意味などを急に問われても答えられないのに似ている。答えに困っていると、別のおばちゃんが助け舟を出してくれた。「そりゃ、ワールドワイドウェブだよ!」と言う。そんな単語を知っていることに驚いた。最初のおばちゃんが「なんだい、そのワールドなんとかってのは。インターネットと何が違うの?」と訊く。
助けてくれたおばちゃんも「インターネットとワールドワイドウェブってなに?」と、わたしに訊く。質問が二つに増えた。無間地獄である。というわけで、若い力(60歳ぐらい)を今、求めております。PCができる方、インターネットってなに?とか根源的な問いをしない方を募集したい。JUGEMテーマ:日記・一般
- 映画「黒の超特急」
-
2013.10.10 Thursday黒の超特急
1964年 / 日本 / 監督:増村保造 / 社会派サスペンス
「俺にもよこせ!」の大合唱。
【あらすじ】
新幹線建設予定地をめぐる金と欲の物語。「僕はただ、お金が欲しかった。それだけです‥‥」
【感想】
バブル崩壊以降の傾向かもしれませんが、現代人は昔ほどお金に対して貪欲ではなくなったように思う。お金に対して失望したのかもしれない。バブル期に、使いきれないほどのお金を手にした人も、そこそこ贅沢をした人も、結局お金だけでは幸せになれなかったと理解したのではないか。
で、この映画に出てくる人は、みんなガツガツしている。お金に失望しているどころか、お金が欲しくてたまらない。「お金ちょーだい!」の大合唱である。「わしは億という金をつかんで大企業と渡り合う!」とか、野望があっていいですね。
岡山の田舎で小さな不動産屋を営む桔梗(田宮二郎)、お金のために愛人契約を結ぶ女(藤由紀子)、金のためなら殺人もいとわない中江(加東大介)。みなギラついている。ちなみにこの映画、善人は一人も出ません。
お金に対して貪欲というのは、ふつうならば醜く映るはずである。それが不思議と誰にも醜さを感じなかった。まあ、そりゃご覧のように主人公の桔梗を演じる田宮二郎は男前だし、のちに田宮の妻となった藤由紀子も美しい。だがですよ、笑うセールスマン喪黒福造を実写で演じるならばこの人しかいない、という加東大介さえも不愉快な感じはしない。
ギラついた金への情熱はあるが、本当に真っ直ぐなんですよね。まあ、強請ってたかっての犯罪者ですけど。取り澄ました感じがないのがいいのかな。家庭を第一に考えて仕事も育児もバランス良くとか、住宅ローンを35年で組んで月々の返済はこれぐらいとか、堅実な銘柄に投資して株主優待を受けるとか、そういうんじゃないんじゃよ!ドカンと一発勝負して、どうじゃあ!みたいな意気込みといいますかね。野望ですよ、野望!いまどき「野望」なんて口にするのは、ゲームで「信長の野望」をやるときぐらいじゃんか。そんなんじゃダメである。
で、野望を持った桔梗さんは株で何千万円も損をする。でも、全然めげないんですよね。次こそは稼ぐ!みたいなね。その反省のなさってどうなのと思うけど。この映画は1964年公開です。1960年代といえば、敗戦からようやく立ち直り、東京オリンピックも成功させ、どんどん行くぜという勢いを感じさせる。時代の勢いが強く反映された作品なのでしょう。
中江を演じる加東大介が特にすばらしいですね。利用価値がなくなった人間への素っ気無い感じとか、桔梗との腹の探りあいとか。悪役が光ってる映画は面白いですね。あれ、でも全員悪役だった気もする。
JUGEMテーマ:映画
- 掃除
-
2013.10.07 Monday▼珍しく勉強しなければならないことがあった。ノートパソコンを折りたたみ、机の上を片付けた。よく見れば、机だけでなくベッドの周りや洋服箪笥の上なども散らかっている。こんな環境では勉強できない。これはあの有名な奇病「勉強の前に掃除したくなる症候群」ではないか。
かかったが最後、必死で部屋の片づけをしてしまい、終わった後は満足感に包まれて「今日はこれで終わり!」となる奇病である。当然、勉強はまったく進まない。なので、掃除はやらなかった。その手には乗らない。だが、そうすると今一つ勉強に集中できない。結果、掃除も勉強もしないまま日記を書いております。どこで間違ったのか。
▼宮城スタジアムで行われたサザンオールスターズライブの記事を読む。サザンのシングルCD売上げランキングの1位は「TSUNAMI」である。今回演奏されたリストをみると、当然リストに入るべきTSUNAMIは入っていない。震災があり、みんな津波という言葉に敏感になっているから外したのだろう。
TSUNAMIを歌ったとしても、ライブに来ている客は喜んでくれるように思う。だけど、演奏したならば「TSUNAMIを被災地でやった」とニュースで取り上げられてしまうかもしれない。そうすると、演奏を擁護する人と批判する人で、面倒くさい騒ぎになるかもしれない。そういった騒ぎが、本当に心を痛めている人の耳に入ることを恐れたのかなと思う。
演奏するかしないかはサザンが決めることだし、演奏しなかったというのはきっと意味があることなのだろう。しなかったこと、起こらなかったことはニュースにはならない。でも、それは立派な決断だと思いました。
JUGEMテーマ:日記・一般
- 映画「ミッドナイト・イン・パリ」
-
2013.10.04 Fridayミッドナイト・イン・パリ
Midnight in Paris / 2011年 / アメリカ / 監督:ウディ・アレン / コメディ、ファンタジー
パリがくれた贈り物。
【あらすじ】
脚本家のギル(オーウェン・ウィルソン)は、婚約者のイネス(レイチェル・マクアダムス)とパリを訪れるが、価値観の違いが多いことに気づかされる。ある晩、一人で外出したギルは1920年代のパリに迷い込む。そこには彼が憧れるフィッツジェラルド、ヘミングウェイ、ピカソなどの名だたる小説家、芸術家たちがいた。
【感想】
コメディは、その国の言語や文化がわかっていないと、きちんと理解できないのかもしれない。監督、脚本はウディ・アレンです。なんだかウディ・アレンのものがわからないというと、ちょっとダメな人のような気がする。わたし、ダメだったかー。いつかわかる日が訪れるのでしょうか。
売れっ子脚本家ではあるものの小説家になりたいギル(左)と、小説家になんてならなくていいから脚本で稼いでほしいと考えるイネス(右)。この二人の価値観の違いは、男女間にはよくあることだと思う。一方的にイネスが悪く描かれているようにも見えるけど、どっちもどっちな感じが。
価値観の違いから言い争ったりする様子は、観ていてあまり好ましくない。変にエネルギーを吸い取られる感じがする。Yahoo!知恵袋や発言小町で、どうしようもない人生相談を読んだときと同じ疲労感というか。あの時間を損した気分がたまらない。何言ってるかわかりませんか。そうですか。でも、どうしようもない質問を読むのが好きなんだよ!病気かしら。
印象的だったのが雨のパリを歩くかどうかで揉める場面。ギルは、風流だし濡れて行こうという考え。イネスは、濡れるのなんて嫌なのだ。この二人がねえ、まったく歩み寄らないというか、前世は源氏と平家というぐらい、なんでも対立する。なんで一緒にいるの?
両方とも自分の正当性を疑わないし、相手を折伏しようとする。どうも苦手だと思うのは、わたしの中にこういった部分があるからかもしれない。それを指摘されているから、観ていて居心地の悪さを感じるのだろうか。もっと成熟した人間なら「あるある」と軽くうなづいて、ちょっと苦笑いを浮かべるくらいで済ますかもしれない。わたしは「ウディのヤロウ、痛い所を突きおって!」となっている。それは結局、良い作品てことなのかな。
で、主人公のギルが婚約者イネスとうまくいかなくて、なんとなく夜中のパリを散歩する。そこで1920年代のパリに飛ばされてしまう。ここに出てくる文人、芸術家が面白かった。特にヘミングウェイが良かったなあ。
主人公が処女作を見てほしいと頼むと、読んでもいないのに「君の小説はわたしを不快にする」と言う。理由を訊けば「上手ければ嫉妬するし、下手な文章ならば不快になる。どちらにしても不快になるんだ」と答える。ヘミングウェイは、もうちょっと出番が多ければ良かったのに。
ギルという主人公はウディ・アレンを投影しているのだろう。ウディ・アレンの1920年代への憧れが出ている。でも、それはたんなる憧れや懐古主義には終わっていない。人はいつも過去の時代に憧れる。ただ、過去の時代の人間は、さらに過去に憧れている。未来の人から見ると、今が黄金時代となる可能性だってある。だから今を生きるんだよという、あれー、ウディのやつ、かなりいいことを言っているような。夜のパリのシーンはとても良かったですね。
JUGEMテーマ:映画